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【第一回】論争の余地なきおすすめの本ージョージ・オーウェル『1984』ー

【第一回】論争の余地なきおすすめの本ージョージ・オーウェル『1984』ー

初めまして。
この度私はRead For Actionで執筆の場をいただくこととなりました北畑淳也と申します。

 

この公式ブログにはたくさんのコーナーがあるのですが、私はその中で「書評」のコーナーを担当させていただくことになっております。

 

せっかくなので、読んでいただいた人に「読んでよかった」と思っていただけるような本を紹介していく予定です。

 

方向性としては傲慢にも「論争の余地なきおすすめの本」というタイトルをつけ毎回一冊の本の書評を書かせていただきます。

 

第一回は私の読書会でも扱い好評頂いたジョージ・オーウェル『1984』を論評させていただきます。

 

1.本のあらすじ
2.この著書の読みどころ
3.合わせて読みたいおすすめの本

1.本のあらすじ


少しだけ批評に入る前にこの小説が初めてという方向けにあらすじを書いていきます。

 

 

流れを全て書いていくと、膨大な量となるためかなり縮めたものとなっていることにご留意いただけると幸いです。

 

 

主人公はウィンストンという人物で役人の仕事についている男性です。
どのような仕事を彼はしているのかというと様々な歴史記録の書き換えにより「過去の改変」を行っているのです。

 

 

このウィンストンの記録の書き換えにより党にとって都合のいい情報だけが「事実」として残り語り継がれるというのがこの世界の設定です。

 

 

誰もが党の考える過去と党の考える未来とともに歩む奇妙な世界がこの小説で描かれています。

 

 

ただ、この描写は我々からするといくらなんでもそんなおかしな世界だったらそのおかしさに気づくのでは?と考えてしまいますよね。

 

 

そう考えるのは無理もないことですが、そうもいきません。

 

 

我々のある暗黙の前提が覆った時この世界は実際に誕生しうるのです。
その前提とはもちろん「自由な思想と自由な言論活動の場がある」というものです。

 

 

この前提をことごとくひっくり返しているのがこの小説の政府なのです。

具体的には、党は国民を完全にコントロールするために町中のいたるところにテレスクリーンと呼ばれるカメラを設置し、24時間常に国民の行動を監視しています。

 

 

これにより疑いを持つことを全面的に阻止しているのです。

もし仮に、党の考えと違う思想を持ちその思想を否定するような考えを持ってしまっていることがバレれば、「思考犯罪」と認定され即座に抹殺されます。不安分子はすぐさま排除するということです。

 

 

それ故に、誰も党と異なる思想をあえて持とうとは考えません。

しかし、そのことをあえてしてしまった人物がいました。

 

 

それが、ウィンストンです。
ウィンストンは「思考犯罪」に手を染めてしまったのです。

 

 

そのきっかけは古本屋で手に入れたノートでした。
彼は、おさえきれない衝動からこっそりとそのノートに自分の考えを整理して記録するということを始めてしまいます。

 

 

彼は日に日にその内省行為を通して党の発表する「事実」の誤りに気づいていきます。

 

 

しかし、この時点では自分の思考の妥当性に確信が持ててはいませんでした。

そんな中、確信を持つ機会が訪れます。
きっかけは、これまた党の発表する「事実」に疑いを持つジューリアという女性との出会いでした。

 

 

二人は運命のいたずらと言わんばかりに「唯一の理解者」として引き合わされ、内密に逢瀬を重ねるようになります。

 

 

二人は会うたびにこの世界のおかしさを語るわけですが、語らいを通してウィンストンはこの世界のおかしさをより確信していくのです。

 

 

ところが、そのようなウィンストンにとっての安堵の日々も長くは続きません。
ある人物の密告で党に思考犯罪が見つかり逮捕されてしまうのです。

 

 

ここから、ウィンストンに対して党の度重なる拷問が始まります。

 

 

具体的には自らの構築した思想が間違いであり、党の語る「真実」が正しいということを認めるまで徹底的にウィンストンは痛めつけたり恐怖させられたりするのです。

 

 

初めは抵抗していたウィンストンですが、やがてその拷問に耐えかね、党の語る「真実」に心から納得してしまう結果となります。

 

 

最後のシーンでは抜け殻のような人間となり心から党を愛するとともに、ウィンストンは党に抹殺されてしまいます。

 

 

2.この著書の読みどころ


かなりざっくりしたかつ飛び飛びのあらすじとなりましたが、この著書の読みどころを私なりに手短に書かせていただきます。

 

 

一言で言えば、オーウェルは自由な言論なき世界は文字通り「死んでいる」ということを我々に伝えようとしています。(もちろんこれ一つではありませんが)

 

 

オーウェルの描く世界というのはすでに記載の通り、あらゆる個人が自由な思想を持つことを許されず、また自由な対話というものを一切禁じられています。

 

 

それ故に、この世界では、個人は完全に孤立した状況に置かれているのですが、こういった状況に置かれた時、我々は降ってきたもの(ここでは党が発表したもの)がいかにおかしいと感じていてもその考えに確信が持てません。そして多くの人がその誤りを「事実」として受け入れてしまうのです。

 
こちらの頭蓋を貫き、脳の動きを止め、脅かしてこちらの信念を捨てさせ、自分の五感から得られる証拠を信じないよう、ほぼ、納得させてしまうような何かだった。最終的に、党は、二足す二は五であると発表し、こちらもそれを信じなくてはならなくなるだろう。遅かれ早かれ、そうした主張がなされるのは避けがたい。
ジョージ・オーウェル『1984』

 

 

これはあることが「おかしい」と確信を得るには「対話」が必須だということを言っています。
このことをオーウェルはウィンストンに度々語らせます。

 
自由とは二足す二が四であると言える自由である。その自由が認められるならば、他の自由はすべて後からついてくる。
ジョージ・オーウェル『1984』

 

 

我々は「物を考える」という時ついつい一人で「うんうん」と独話する人物を頭に浮かべがちです。そして答えというのは一人で考えている時に出るものだと。

 

 

しかしながら、その「内省」というものは実は「物を考える」という行為の一部分でしかなく、その「正しさ」は語り合うことがなければ結局行き場を失い崩壊してしまうということをこの著書は教えてくれます。

 

 

これは現代に生きる我々にとって次のような教訓を与えてくれると思いませんか。

 

 
あることが明日には「誤り」へと容易に変化するぐらついた現代社会に生きる我々にとって「自由な言論活動への参加」を通して、常に「真理を探究し続けること」がいかほどに大切であるかと。

 

 

一人で思考をし続けているだけでは、ずっと歩き続けることはできないのです。

*ちなみにこの「物を考える」ということについてのコペルニクス的転回は、最初の哲学者と言われるソクラテスとデカルト以降の近代哲学を読み比べれば一目瞭然です。ソクラテスは「対話」を中心に真理を探究するのですが、デカルトは「独居」における真理の探究を中心に行っています。


3.合わせて読みたいおすすめの本


ここに書いた考察は、多くの著作に依拠しています。
以下は、参考にした著書となります。

合わせてぜひ読んでいただければと思います。

ハンナ・アレント『過去と未来の間』
エーリッヒ・フロム『愛するということ』
フリードリヒ・ニーチェ『悲劇の誕生』
プラトン『メノン』
ヴィクトール・フランクル『夜と霧』
アドルフ・ヒトラー『我が闘争』
シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』

以上、お付き合いいただきまして誠にありがとうございました。

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