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【第六回】論争の余地なきおすすめの本ージャンバッティスタ・ヴィーコ『学問の方法』ー

【第六回】論争の余地なきおすすめの本ージャンバッティスタ・ヴィーコ『学問の方法』ー

こんにちは。
北畑淳也です。



いつもご覧いただき誠にありがとうございます。
本日も書評を書かせていただきます。



今回もおすすめした本で何らかの変容が読後に訪れますと幸いです。


 


突然ですが、、、
最近、私は本屋に行くと感じることがあるのですが少しそのお話にお付き合いください。



最近本屋に行くと、「勉強法」「勉強術」「教養」といったトピックの本がどうも人気だということを感じるのです。





というのもおすすめコーナーにずらっと並んでいるからなのですが、、、



もしかすると多くの人が学びを得ようとしたいと考えたり、これからの時代を生き延びる力をつけたいという世相が映し出されているのかもしれません。非常に喜ばしいことです。。。


 


しかし、世の中には、勉強法やら勉強術といったものの「決定版」が本屋に出ては消えていくというのがほとんどであることに対してなにやら不思議な感覚を抱いてきました。



結局、どの本が我々にとっての学びの指針をあたえてくれるのか?



読者である私はそのように考えるわけです。


 


別に誘導したいわけではありませんが、これを読んでいただいているあなたも同じことを感じたことはありませんか?

今日は、私と同じような悩みをお持ちの方におすすめしたい本があるのです。


これを読むことで、その不思議な気持ちがなんとなく解消されるかもしれません。


今日取り上げるのはジャンバッティスタ・ヴィーコの『学問の方法』です。



本記事ではおすすめポイントを伝えるべく、ヴィーコの思想の一部をご紹介できればと考えています。



  1. 今日の学問の問題点

  2. 現代社会でこそ重要性が増すヴィーコの思想

  3. 合わせて読みたいおすすめの本


今日の学問の問題点


ヴィーコといってもなじみのない方が多い方も多いでしょう。
それ故に少しだけヴィーコがどういう立ち位置の人なのかをあらかじめおつたえします。




まずヴィーコがここまで偉人として語り継がれているのは「*デカルト哲学」を多くの人が盲目的に支持していた時代背景にあっていち早く批判的に吟味したことがあげられます。



*デカルト哲学というのは何なのかというと、これは一言でいえば「単一の真理を突き詰める」という「考えの方向性」のことをさします。(2+2=4みたいなやつ)



今でこそ批判的に見る方もそれなりにいますが、当時は、このデカルト哲学こそが産業革命をおこし、世の中を「発展させ」今日の「豊かな」社会を生み出したと考えられ無批判に賛美されていました。


 



そんななかで批判するというのは簡単ではないわけです。


 



そこをやってのけたのがヴィーコでした。


さて、我々の生活を経済的に豊かにしてくれ、われわれの考え方にも深く入り込んでいるデカルト哲学ですが、これのどこをヴィーコは批判したのか。


 



それは下記に引用します。





そこで何よりもまず、学問の道具に関してであるが、われわれは今日学習を*クリティカから始める。その第一真理をあらゆる虚偽だけではなく、虚偽の嫌疑からも浄化するために、あらゆる二次的真理とかあらゆる真らしいものをも、虚偽と同様に、知性から追放することを命ずるクリティカからである。
ジャンバッティスタ・ヴィーコ『学問の方法』




*クリティカとは、明確な定義が著書の中では行われていませんが、前後のコンテクストから「単一真理を追い求める思考様式」や「デカルト哲学的な態度」を指すと考えて問題ありません。


ヴィーコがデカルト哲学のどこを問題にしているかというと、上にあるようにある第一真理を探究する過程でほかの多くの可能性を捨ててしまうところを指摘しています。


 



この思考方法が極めて強固なものとなるとどうなるのか?


 



それについてヴィーコは下記のように述べています。


 




だが、こうすることには不都合がともなう。というのは、青年たちにあっては、生じてからの実生活において奇妙で異常な結果にならないように、できるだけ早く共通感覚が育成されるべきであるからである。ところで、知識が真理から、誤謬が虚偽から生まれるように、共通感覚は真らしいものから生まれるのである。
ジャンバッティスタ・ヴィーコ『学問の方法』




 


実生活において必要な感覚である「共通感覚」を失墜すると彼は指摘します。


ところで、この「共通感覚」というのはなんなのか?をわかりにくいと思いますので、少しだけ補足します。




これは一言でいえば、「文化」や「慣習」「道徳」などをさします。


 




しかしながら、われわれの学問方法の最も大きな不都合は、自然の諸学にはきわめて熱心でありながら、道徳の額、特に、その中でも、人間の精神の本姓と政治生活および雄弁にふさわしいその情念、とくと悪徳に固有の釣行、善と悪の術、各自の年齢、性、身分、財産、民族、国家に応じた気風の特性、そしてすべてのうちで最も難しいあの品位ある適切なふるまいの術について論じる部門に、同じだけの熱意を注いでいないということである。
ジャンバッティスタ・ヴィーコ『学問の方法』




 



クリティカ偏重の結果として、我々の外的世界の開発は進んだが、我々自身への理解や目に見えないけども根幹をなす伝統や文化に対する理解の優先度が著しく減ったとヴィーコは述べているのです。
そして、これが人間としての危機であると彼は考えているわけですね。


*同様のことは、モンテスキュー『法の精神』、ニーチェ『悲劇の誕生』等にも見られ、ヴィーコの先見性というのはすさまじいものがあるというのはこれら名著を合わせて読むことで理解できます。


 



現代社会でこそ重要性が増すヴィーコの思想


ここで、昨今の勉強術などに見られる危険性に話を戻しましょう。



「学問において常に単一真理を常に求めてしまう」ということの危険性を指摘したデカルト哲学に見られる考え方は遠いもののように感じられる方もいるかもしれませんが、実はこの様式は現代社会の書店でもあふれています。


 


具体的に描きましょう。


 


「○○すれば○○できる」

「成功者は●●をしている」

「○○が実践する○○の習慣」

「一日15分からできる○○なこと」

 



こういうタイトルが最近は大うけで本屋さんの平積みコーナーに並べられ売れるわけですが、ちょっと危ういということです。




この生き方をすれば人生において「成功」だとこれらの多くは述べているのですが、傲慢さは指摘するまでもなく「人生の成功」という概念に何か一つの答えが出ているかのように述べるところにあります。


 



*多くの場合は「功利主義のカテゴリーにおいての成功」というのが多いです。


 



これらの本を読むなということが言いたいのではありませんが、ヴィーコに同じく、いい側面と危険な側面を見つめる必要があるのです。


 



今こそ勉強法を探すにあたってこの本を読み立ち止まって損はないかもしれません。


自己を啓発したくば第1級真理の探求だけでなく、いろいろなものが絡み合った己の文化や伝統を学べとヴィーコは暗に示しているのです。

 



合わせて読みたいおすすめの本


ここまでの記述で科学を否定したり、単一解を求めることを戒めているという印象を受け取った方もいるかもしれません。(だいぶ予防線を張ったつもりですが、、)




私はこれらを全否定しているのではありません。



ヴィーコ自体もクリティカの良さも別段で述べています。


両者のバランスを常にとるべきだとということですね。

下記は、『学問の方法』と合わせて読むとおもしろいおすすめの一冊です。


カール・ヤスパース『哲学入門』


シャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』


ハンナ・アレント『過去と未来の間』


小林秀雄『読書について』


ルネ・デカルト『情念論』


*なおデカルトはよく勘違いされるのですが、実はクリティカだけにこだわっていたわけではありません。彼の隠れた名著である『情念論』を読んでいただければわかってきます。ただ説明の都合上「デカルト哲学=クリティカ」のようなテイストで書きました。



以上、今回もお読みいただきまして誠にありがとうございました。



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