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【第十五回】論争の余地なきおすすめの本ーアントニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ:歴史社会学的考察』ー

【第十五回】論争の余地なきおすすめの本ーアントニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ:歴史社会学的考察』ー

ご無沙汰してます。

最近更新頻度がゆっくりめとなってました。(サボってました)

 

 

今日は頑張って書評を書かせていただきます。

北畑淳也が担当です。よろしくお願いいたします。

 

さていきなりですが本題です。 

 

直近のブログで私は度々話題にしているのですが、今の時代は右から左まで下記のようなことを言っていますよね。

 

  • 日本でこのままいては稼げなくなる。海外で稼げる人材に。
  • 日本は規制緩和をし、外国からの投資を呼び込むべきだ。
  • 日本人はまず英語やプログラミングを徹底的に勉強すべき。

 

いわゆるオピニオンリーダーである大前研一氏や竹中平蔵氏、堀江貴文氏などがこういうことを言っているその筆頭でしょう。

 

 

しかしながら、この考え本当に正しいんでしょうか。

私の見解としては部分的には正しいかもしれないが総論としては誤りであると考えています。

 

上の著者を好きな方には申し訳ないですが、彼らに対して私は極めて批判的です。(中立を気取る気はありません。)

 

 

なぜ現代社会において主流的な彼らの意見に対して私は否定的だと断言するのか?

 

 

それにはきっかけがありました。

(数を数えたわけではないのですが、)古今東西歴史を見ることが私は好きなのですが、世界の歴史を見ていくとあることがわかるんですね。

 

 

それは、彼らが煽るような一般的なイメージとは異なり、「外部崩壊」で国が滅びることは少ないということです。

 

 

 

「内部崩壊」の方が日常的なんです。

もちろん戦争だったりが引き金の一部となることはありますが、外圧で滅びる時というのはそもそも内部が弱体化しているところに強風が吹いたというイメージに近く、根本的には内部に問題があることが少なくないのです。

 

 

さて、今の話を今回の話題に当てはめてみましょう。

現在、グローバル化という「外圧の脅威」があります。

大前さんや堀江さんはやたら煽ってますよね。

 

 

 

彼らはグローバル化に対して門戸を開いたり飛び込んでいくことを奨励しています。

 

さて果たしてこれは正しいんでしょうか。

 

 

今日はこのトピックを考えられる一冊としてアントニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ;歴史社会学的考察』をご紹介します。

 

■目次

 巷の主流派は何を間違えているのか

 グローバルな時代において自殺しない方法

 合わせて読みたいオススメの本  

■巷の主流派は何を間違えているのか

現在多くの人にとって日本はどう映っているでしょうか?

  • 少子高齢化で伸び代がない
  • デフレが続き東南アジアなどに抜かれるのは時間の問題
  • このまま日本で会社勤めをしていても時期に破綻
  • 年金は若い世代はもらえないし、日本にいても税金が上がるだけだから海外で稼げ

 

こういったイメージを持っている人は少なくないでしょう。

いわゆるビジネス書や自己啓発書を書くようなオピニオンリーダーが率先してこのような情報を流布していますから無理もありません。

 

 

 

今書いたことが主流的であることは、日常的に本を読まない人であってもご存知でしょう。

 

 

 

確かに言っている指摘は正しい部分が多々あります。私は完全否定はしません。

 

実際、日本はデフレだし、年金財政はかなり苦しいので破綻の可能性はあるし、東南アジアの成長は著しく日本はこのままだと抜かれる可能性もあるかもしれません。

 

そう。言ってることの多くは正しいのです。

 

 

しかしながら、ここで私が「誤り」と断言する箇所があるんですね。

それはこういった問題や難題に対して主流派が出す解決策にあります。

 

 

彼らは言葉をごまかしているのか無意識に言っているのかはわかりかねますが、「日本を切り捨てろ」と言ってるんですね。

 

私の見解ではこういった思想に今乗っ取られていること自体がデフレや年金財政より危機的であると考えています。

 

ジョン・メイナード・ケインズはその著書『雇用・利子および貨幣の一般理論』の末尾において極めて示唆的な言葉を記しています。

経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声を聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違い染みた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透は直ちにではなく、ある時間をおいた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、二五歳ないし三十歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、したがって官僚や政治家やさらには煽動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である。
ジョン・メイナード・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』

 

何にも増しても危険なのは思想であると。

 

 

もし今主流派が述べるように多くの人々が行動したらどうなるでしょうか。

 

 

それに対する私の見解が日本は滅びるというものなのです。

この「滅びる」は爆弾で爆発し建物が崩落するようなイメージではありません。

 

目には見えない歴史が紡いできた人々の間の良識だったり秩序だったりが崩壊するのです。そしていずれ混沌とした世界が到来すると。

 

日本に生まれ、日本の恩恵を受けながら「日本を切り捨てろ」という恩知らずが今は随分と増えました。

 

そしてその思想が主流派として我々の考えを乗っ取っています。

 

 

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■グローバルな時代において自殺しない方法

そんななか、今まっとうな日本人がグローバルな時代において取り組むべきことは、アジアに飛び出すことでもなければ外資系を国内に呼び込むことでもないんです。

 

 

180度逆であるべきなのです。

フリードリヒ・リストは『経済学の国民的体系』において以下のように述べています。

 

故意の殺人は平和状態の時には犯罪だが、戦時には義務となる。火薬や鉛や武器の取引は平和状態の時には合法的な取引だが、それが戦争状態にある時には、的にはこれらのものを供給する者は反逆者として罰せられる。
フリードリヒ・リスト『経済学の国民的体系』


 

リストはケインズなどと同じくプラグマティズム(実利主義)という立場をとったことで有名で、これは一言で言えば上にあるように状況に応じて自らの理論を柔軟に変更せよというものです。

 

リストは私がここまでで述べてきたような主流派(学派)の考え方について以下のように述べています。

さらにまた、学派が、国民の富はすべての個人の富の総計に過ぎず、各個人の私的利益は国家のどんな措置もおそらくはできないほどうまく生産と富の蓄積とを進ませる、という命題から、国民の産業は各個人が富の蓄積という仕事に当たって邪魔を受けずに放任されていさえすればもっともよく反映するであろう、という結論を引き出そうとするのであれば、それも価値の理論と諸力の理論との混同によって覆い隠された、見当違いの剣さばきである。
フリードリヒ・リスト『経済学の国民的体系』


 

 

彼は何を言っているのか?

 

政治と経済においては自由化するという考えも保護するという考えも両者とも必要であり、それは状況に応じてより熟慮を重ねた上で結論を出すべきだと述べました。

 

 

何を今更という感じかもしれませんが、この当たり前のことを日本人はできなくなってきているんですね。

 

だから「グローバル化だから海外で稼ごう」という安易な発想が幅を利かせているのです。

 

では、リストの考えに基づきグローバル化する現代において我々はどう判断すべきなのでしょうか。

 

 

現在の日本は第二次大戦の敗戦を受けて、ナショナリズム的なものに対する拒絶反応を持つ人が非常に多くなりました。

 

確かに当時の気違い染みたナショナリズムを見るとある程度その当時は弱められてしかるべきでした。

 

 

しかしながら、今やそのナショナリズムは弱体化しすぎました。

 

日本人の各々が自らのことだけを考え、自らの土台となる部分をぶっ壊そうとしているのです。これはまさにコールリッジが述べた「狂人」に他なりません。

 

狂人のみが、壁を修繕するのに必要な土を採るために、家の土台を掘り崩したり、爆破したりするのです。
サミュエル・テイラー・コールリッジ『コールリッジ談話集』


 

 

 

今はグローバル化によって弱体化しすぎたナショナリズムを「放棄する」のではなく、ある程度強化するというのがプラグマティックな対応なのではないでしょうか。

 

それが私の見解です。

 

 

では具体的には何をするべきなのか。

それについて今回紹介するアントニー・D・スミスが重要なことを述べています。

出自や血統に関する神話は、エスニシティの必要条件であり、成員にとって、エスニックな紐帯感や感情の奥にある意味複合体のうちで、鍵となる要素である。それは様々な仕方で、世界の中の集合体の位置に意味づけを与えるとともに、自分達が属する共同体の期限・成長過程・今後の運命を説明する、共同体の憲章となっている。 いうまでもなく、私がここで問題にするのは、実際に血統を同じくするかどうかという事実ではなく、同じ血統、同じ出自が想定されているという感覚である。
アントニー・D・スミス『ネイションとエスニシティ:歴史社会学的考察』

 

 

我が国のルーツを辿れと彼は述べます。

もう少し踏み込んで言えば共通の神話を学べと彼は述べているのです。

 

 

それを持たない人々の間に「ネイションは存在しない」とスミスは著書の中で述べています。

 

「ネイション」を失えば、我々が当たり前のように考えている治安をはじめとした秩序は崩壊に向かうと彼は強く主張したのです。

 

 

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■合わせて読みたいオススメの本

最後に合わせて読みたい本を下記に記載いたします。

 

大安万侶・稗田阿礼『古事記』

山本七平『日本人とは何か』

モンテスキュー『法の精神』

ハイマン・ミンスキー『金融不安定性の経済学―歴史・理論・政策』

フリードリヒ・リスト『経済学の国民的体系』

 

主流派はよく言っています。

「これまでの常識は通用しない」「自分でよく考えろ」と。

 

それゆえに、我々は彼らにもまた流されてはいけないのです。

 

Read For Actionでは巷の社会通念に疑いを持ち、新たな行動に結びつけていくということを非常に重視しています。ぜひお近くの読書会に参加してみてください。

 

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