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【第十七回】論争の余地なきおすすめの本ーシャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』ー

【第十七回】論争の余地なきおすすめの本ーシャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』ー

 

どうもご無沙汰しています。北畑淳也と申します。

最近読む方に夢中でなかなかかけておらず申し訳ございません。

 

 

今日も一冊ご紹介させていただければと思います。

ご紹介するのはモンテスキューの『法の精神』です。

 

 

こちら、おそらく現代社会や世界史の授業などで学生時代に聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

 

「三権分立を説いた人」という認識だったり、「法による支配を非常に重視した人」という認識が一般的かと思います。

 

 

私も読む前はその認識だったのですが、これを実際に読んでみて本当の彼の偉大さはその前段にあることに気づいたんです。そこを少しだけご紹介できればと思います。

 

一見難しく感じるモンテスキューを気軽に楽しむための一助となれば幸いです。

 

 

 

■目次

 「法」と聞いて何をイメージするか?

 モンテスキューが指摘する社会が滅びる前兆について

 ▶合わせて読みたいおすすめの本  

■「法」と聞いて何をイメージするか?

『法の精神』のタイトルにも含まれている「法」という言葉ですが、「法」と聞いてどのようなものをイメージされますか?

 

おそらく多くの人が刑法や民法といった「実定法」をイメージするのではないでしょうか。

それゆえにモンテスキューは「実定法」の重要性を書いた人なんだという通念が一般的になってしまっているんですね。

 

確かにモンテスキューは『法の精神』の中で実定法について書いています。

しかし、彼の論旨はそこにはありません。

 

 

彼は、その「実定法」を成り立たせる基盤の重要性の方を説いたのです。

その基盤とは平たく言えば「常識」です。

 

『法の精神』の最初の方で彼はこう述べています。

個々の知的存在は、その作った法を持ちうるが、しかし、作らなかった法もまた持っている。・・・実定法の存在する以前に、正義の可能的な関係は存在した。実定法が命じまたは禁ずることの他には、正なることも不正なることもないというのは、円が描かれる前には、すべての半径はひとしくなかったというのに同じである。
シャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』

 

今引用したところは私がここまでに述べたことがまさに書かれている箇所です。

実定法というものもまた何かその前提となる基盤によって存在し得ていると彼は述べているのです。それが「常識」なのです。

(彼は「自然法」という言葉を使っているのですが他の箇所を読み合わせると「慣習」や「常識」と読み替えて問題ないと思います。)

 

 

モンテスキューが保守思想の大家と呼ばれる所以はこのように「制度を成り立たせている目に見えない暗黙知」(合理主義者が「不合理」といって切り捨てそうな)を重視したところにあると私は考えています。

 

 

では、この「常識」は何によって作られているのかですが、彼は以下のように述べます。

それらは、国土の自然条件、気候の寒冷、暑熱、温暖、国土の地味、位置、大きさ、民族の生活様式、・・・と関連したものでなければならない。それらは、政体の許容しうる自由の度合い、住民の宗教、その性向、富、数、交渉、風俗、習慣と見合うものでなければならない。最後に法律は、それらの相互間の関係を持つ。法律は、それら自体の起源、立法者の意図、それが制定された基礎となる事物の秩序と関係している。法は、まさにこれらすべての観点において考察されねばならない。これこそ、私が本書で為そうと企てていることである。私はこれら全ての関係を検討するであろう。これらの関係の全てが相集まって、言うところの「法の精神」を形作っているのである。
シャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』

 

一言で言えば、常識を作り出す基盤とは些細に思われるものも含めて「あらゆるもの」だと彼は言っているのです。

 

 

気候などの自然条件のようなものに至るものまで社会の安定化を果たすための国民の行動規範を規定するのに一役買っているというのは「かくある自分」を当たり前だと思っている現代人に極めて示唆的な一言です。

 

それゆえに現状をなるべく尊重し、伝統や文化、慣習の意義に注意を払わなくてはならないという保守思想と極めて親和性が高いのです。

 

 

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■モンテスキューが指摘する社会が滅びる前兆について

逆に言えば、モンテスキューからすればこのような社会の安定化要因を破壊しようとするものを社会が滅びる前兆であるとみなします。

 

 

さて、現代社会を見たときどうでしょうか。モンテスキューの指摘したような「常識」を破壊しようとする流れを否定できません。

 

政治の世界では「改革」「刷新」という言葉がもてはやされ、経済の世界でも創造的破壊を至上の価値として日本型雇用慣行を絶対悪と見なしたりとひどい有様です。

 

個々人に目を向ければ「自己啓発」や「心理学」により自らの常識を一切捨てようとする人が少なくありません。

 

 

もちろん改革が必要なときもあるでしょうし、経済の市場原理はなくていいとも言いません。自己啓発や心理学が役に立つこともあるでしょう。

 

 

ただ、社会全体が「とにかく今を変えろ」という思想に浸かりすぎではないでしょうかという話です。

 

 

プラトンやマキャベリほどの徹底性は不要だと思いますが、温故知新という言葉を忘れた人があまりに増えました。

破壊からは何も生まれないのは明らかであるのに、とにかく壊せと叫んでるわけです。

 

 

このまま忘恩思想が蔓延していけば手始めに社会不安が広がり、今の安定した秩序は遠い過去の話となってしまうでしょうね。

 

なめていると大げさではなく国が滅びるような状態の出現を避けられないでしょう。

 

 

ですから自己や社会について真剣に考えるのであれば、伝統や文化、慣習に敬意を持ち、そんなに何から何まで変えろという発想にはならないんです。

 

安易な改革思想は真剣味にかけているんですね。 

・・・真理の多くは、それらを互いに結びつけている連鎖を理解したのちにのみ、それと感得されるであろう。細部について塾考すればするほど、原理の確かさが感じられるであろう。これら細部についても、私はその全てをあげたのではない。なぜならば、死ぬほど退屈な思いをさせずに誰が全てを語り得ようか。
シャルル・ド・モンテスキュー『法の精神』

 

今ある状況を「当たり前」と思うなよということです。

その「当たり前」の維持には多大な努力がいるということですし、「当たり前」が悪でしかないというのは幼稚なメンタリティーなのです。

 

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■合わせて読みたいおすすめの本

ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
最後に合わせて読みたいおすすめの本を記載いたします。

  • エドマンド・バーク『フランス革命の省察』
  • ハンナ・アーレント『全体主義の起源』
  • マキャベリ『ディスコルシ「ローマ史」論』
  • マイケル・オークショット『政治における合理主義』
  • セーレン・キルケゴール『現代の批判』
  • アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカのデモクラシー』

 

 一部下記に書かせていただいた書評のリンクを貼らせていただきます。

 

【第四回】論争の余地なきおすすめの本ーハンナ・アーレント『全体主義の起源3』:Read For Action ブログ

 

【第五回】論争の余地なきおすすめの本ーエドマンド・バーク『フランス革命の省察』:Read For Action ブログ

 

【第十六回】論争の余地なきおすすめの本ーアレクシ・ド・トクヴィル『アメリカのデモクラシー』ー:Read For Action ブログ

 

 

 

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