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【第二十二回】論争の余地なきおすすめの本ーエッカーマン『ゲーテとの対話』ー

【第二十二回】論争の余地なきおすすめの本ーエッカーマン『ゲーテとの対話』ー

 

ご無沙汰してます。

本日は22回目の書評を書かせていただこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

22回目に取り上げるのはエッカーマン『ゲーテとの対話』です。

 

こちらは、知の巨人であるゲーテとエッカーマンの対話記録のようなものです。

ゲーテは基本小説作品ばかりのため彼の思想というのは基本的にこの『ゲーテとの対話』によりもっとも知ることができると言われています。

 

本日は、『ゲーテとの対話』に収録されている数多くのダイアローグの中から彼の考えに基づき読書論を書かせていただきます。

 

 

■頭のいい人たちが出くわした根源的事象の書かれた本を徹底的に読む

ゲーテとはいかなる人物かというと一言で言えば真っ当な保守です。

ウィキなどでは古典主義などとも書かれていますが、とにかく伝統に対する敬意を最大限持った人物です。

 

さて、その知の巨匠であるゲーテがどのように学問をすべきかという考えを随所で書いていますので、紹介していきます。

まず、ゲーテは自らの功績を語るにあたり以下のように述べています。

この世界は、現在では、老年期に達していて、数千年このかたじつに多くの偉人達が生活し、色々と思索したのだから、いまさら新しいことなどそうざらに見つかるわけもないし、言えるわけもないよ。・・・プラトンやレオナルド・ダ・ヴィンチや、その他沢山の卓越した人々が、個々の点では私より個々の点では私よりも前に、同じことを発見し、同じことを述べている。しかし、私も、またそれを発見し、再びそれを発表して、混迷した世界に真理の入っていく大口をつくろうと努力したこと、これが私の功績なのだよ。

エッカーマン『ゲーテとの対話』 岩波文庫

ゲーテがいうには今更新しいものなど出てこないと。

今ある「新しいと言われるもの」も単なるパクリであると。

 

それならば、プラトンのような古代の「卓越した」人の本を徹底的に読めばいいということここでは伝えています。

というのもプラトンほどの古代の本には「根源的事象」があるとゲーテは考えているからです。

人間の到達できる最高のものは・・驚異を感じるということだよ。根源現象に出会って驚いたら、そのことに満足すべきだね。それ以上高望みをしても、人間にかなえられることではないから、それより奥深く探求してみたところで、なんにもならない。

エッカーマン『ゲーテとの対話』 岩波文庫

ゲーテの話だと馴染みがないかもしれないので、話を日本に変えてみます。

 

 

以前紹介しましたが、伊藤仁斎という江戸の儒学者が江戸時代に『論語』を原文で読み直し、当時主流的であった『陽明学』を批判し独自の思想を打ち立てました。

新しい思想を打ち立てるにあたり仁斎がしたことは何かと言うと『論語』を読みまくることでした。

 

 

 

彼は、そうすることで根源的事象に出くわしたのでしょう。

その仁斎の思想が荻生徂徠、会沢正志斎、福沢諭吉へと紡がれていき日本の思想史における大家となりました。

 

 

彼は思想を打ち立てようという目的など立てていなかったに違いありません。学問を続けるうちにたどり着いたのだと思われます。

 

 

繰り返しになりますが、伊藤仁斎には「オリジナル」な作品は全くないというところが非常に重要です。

彼が日本思想史における重大な位置を占めているにもかかわらず、やったことは『論語』の徹底的な読み込みだけなのです。

 

 

根源的事象を探求した人というのは後代の偉人たちもその作中で取り上げざるをえません。

例えば、以下のような人物でしょう。

  • マルクス
  • ケインズ
  • 孔子
  • プラトン
  • バーク
  • ヒューム

 

上記の人物は批判されることもさることながら多くの天才たちが根源事象を書いた作品として常に取り上げ徹底的に読み込んだものを自らの作品として発表しています。

 

 

例えば、シュンペーターやポパー、アーレントの代表作ではマルクスの批判にかなりの工数をかけています。マルクス批判の作品かな?と思うほどです。ただ、それが名著になっているんですね。これが興味深いところです。

 

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■「主観的」に本を選ばず、「客観的」に本を選ぶ

選書がいかに重要であるか、これこそが全てを決めるのだというのがゲーテの読書術と言っても良いでしょう。

 

ここでは、それを違う角度からみましょう。

彼は、本を手に取るときに「主観的」ではなく、「客観的」に選べと書いています。

 

 

ただ、この「主客」の言葉の意味は、一般的に理解されているものとは異なります。(むしろ正反対です。)

あらゆるものが退歩し衰えゆく時代は主観的な傾向がある。それに反して、あらゆるものが進歩しつつある時代には、客観的な傾向がある。われわれの今の時代は全く退歩しつつある。なぜなら主観的であるからだよ。

エッカーマン『ゲーテとの対話』 岩波文庫

ゲーテは近代的な「功利主義」の観点から見るものの見方を「主観的」と見なしました。これは一般的には「客観的」と呼ばれるためここを我々はしばしば誤読してしまいます。

 

 

 

しかしながら、前後の文脈を丹念に追うとゲーテが「主観的」と言っているのは近代以降に主流的な功利主義のカテゴリーや分析的な認識のカテゴリーから物事を見ることを指しているということが見えてきます。

 

 

 

ゲーテが「客観的」と言っているのは近代以前からも脈々と紡がれている伝統や文化からくるものの見方です。

 

そしてもう一歩踏み込むならば、個別の国を超えて人間一般に普遍的に見られる「根源的事象」を捉えられる見方を言っています。

 

 

 

そしてそれを書いている本を手に取るべきだと彼は述べているのです。

 

ちなみにその根源的事象をとらえている本の特徴についてゲーテはこう書いています。

お前たちはふだん本を読むと、きまってそこに心の糧を見つけようとするし、愛せそうな主人公を見つけようとする。しかし、それは、まちがった読書法だな。あの人物が好きだとかこの性格が気に入ったなどということが問題なのではなく、その書物が気に入ったかどうかが、大切なのさ。

エッカーマン『ゲーテとの対話』 岩波文庫

その本のある記述がよかったという形ではなく、有無をいわさずその本自体がよかったと言える状態がの筈だと彼は述べています。

 

 

これは、私もうなずけるところで、偉大な名著はいいなと思うところをメモしているとワードの紙が50枚くらいになったことがありました。

 

その時「客観的」読書ではないか!と思ったものです。(嘘)

 

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■死ぬ前に読まないと後悔する本

最後に私の稚拙な知識の中でゲーテのいう「根源的事象」に出会えそうな思想家をあげてみます。

そして、並行してそれを徹底的に読み込んだこれまた天才を流れとして書かせていただきます。

 

これで、「客観的」の入り口に立てる可能性があるかもしれません。

  • カール・マルクス

→ヨーゼフ・シュンペーター『資本主義、社会主義、民主主義』 カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第二部』 宇野弘蔵『資本論に学ぶ』 ウラジーミル・レーニン『帝国主義論』

 

  • プラトン

→カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第一部』 ハンナ・アーレント『人間の条件』フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』

 

  • 孔子

→伊藤仁斎『童子門』 山本七平『論語の読み方』 渋沢栄一『論語と算盤』

 

  • デイヴィッド・ヒューム

→イマヌエル・カント『実践理性批判』 ウォルター・バジョット『イギリス憲政論』 ジョン・ロック『統治二論』

 

・フリードリヒ・ニーチェ

→マルティン・ハイデガー『ニーチェ』、ハンナ・アーレント『全体主義の起源』 ジル・ドゥルーズ『差異と反復』

 

 

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