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コラム:誰もが読むべき「必読書」は必要?

コラム:誰もが読むべき「必読書」は必要?

トランプ大統領は、「聖書もまともに読んでいない」そうだ。
さもありなん、というべきか。

しかし、一方のトランプ本人は、私ほど聖書を読んでいる者はいない、と豪語しているとのことだが、事の真偽はどうあれ、反対側から見れば、彼の国・アメリカには「リーダーなら須らく読んでおくべきものがある」という共通観念が存在するということでもある。

彼の国では、書籍の価値、読書の意味が、オーソリティ(権威)によって担保されているのだ。

翻って、日本においてはどうだろう?

リーダーなら「これくらい読んでなければ」という定番の書籍はない。本くらい読め、という通念すら存在しなくなってきている。

さらには、AIや生命操作などの科学技術の台頭や、価値観の極度の多様化が進み、人々の言葉が急速に劣化し始めている。確かな基準となるような言葉がどこにあるかわからなくなったため、極論やヘイト、デマや嘘の言論が横行し、多弁なだけで意味のない言葉が横行してしまっているのだ。

これは、もしかすると、共通の読書経験が無くなってきていることの帰結なのかも知れない。

聖書やクルアーン、論語や孟子など、その国・宗教・文化の共通知識を形作っている書籍を「カノン」(正典)という。

こんな時代にこそ、人々の議論の土台となるような、カノンが求められているのではないだろうか。ビジネス雑誌等で、毎年のように「リーダーが進める必読書50」などの特集が組まれるのも、そういった人々の悩みを反映しているのかもしれない。

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世界中で、書店が消えていっている。アマゾンなどオンライン書店の台頭が主な原因である。たしかに、小さな書店はここ20年で大幅に減少している。公益社団法人全国出版協会のデータによれば、1999年に22,296店あった書店数は、2017年には12,526店と、10,000店ほど少なくなっている。販売額も1兆円を超えていた1996年をピークに、現在は8,000億円を下回っている。

そんな中でも、日本はまだましなほうだろう。書籍文化は、なんとか衰退の危機を免れている。

リアルな書店の店頭に行けば、日替わりで、膨大な新刊書に出会うことができる。雑誌を除く新刊の発売点数は、戦後一貫して右肩上がりで、2013年ころにピークアウトしたものの、ほぼ横ばいで年間約80,000点。1990年の約40,000点の2倍以上である。

書籍の出版のハードルが、コスト面・流通面において大幅に下がってきた結果、お手軽な書籍の出版とその消費が増えたということ、そして、各出版社による相次ぐ「新書」シリーズの発売、電子書籍デバイス(Kindle)の普及など、安価に入手できる書籍とチャネルの多様化が上記の増加の説明としてあげられる。

このように、日本においては、書籍の需要、読書の需要は、それほど減っていないし、これからも減ることはない、ということが予測される。

しかし、読書文化が確たるものであるかと考えると、やはり怪しいと思わざるを得ない。

繰り返しになるが、日本には、読書することのオーソリティー、つまり知的権威付けがない。誰もが読んでいる(べき)本=「カノン」に比肩しうるような本が無くなっている。

たしかに、本を読む層・書籍購買層は安定的に存在している。読まない人は読まないが、読む人はたくさん本を読んでいる。これは日本でもアメリカでも、どこでもそうだろう。

しかし、ステータスに応じて求められる読む本の質と量が、決定的に違っている。日本においては、読書はしても別にエラくないし、エライとも思ってもらえない。読書していなくても、出世にも昇進にも、何の影響もない。

多様な生き方が尊重されるべきである。これは自由社会の大原則だ。読まなくて幸せな人生もあるだろう。しかし、「読まずに死んだら恥ずかしい」という文化的貴族主義は、人々の自由な選択により消滅させるわけにはいかないと思う。さもなければ、先に述べたような、言葉の劣化現象は止め処なく進んでいくことになるだろう。

読書は良きものという大前提は、その大切さを論証するより先にまず実感してもらうしかない。そういう文化的貴族主義が、我が国に在ったのか無かったのか。無いとすればこれから作らなければならないし、かつて在ったならばこれからも存続させていかなければならない。

まずは、「カノン」までレベルの高いものではなくても、誰でも読んでおくべき必読書を、ビジネス、アカデミズム、教育、政治・・・それぞれの場で、選んでいくような仕組みの創出から始めるのはどうだろうか。

読書会は、そういったカノン選出のための仕組みとしても機能する。読んで、話して、の次のアクションとして、良い本を選び、記録し、記憶し、広める活動も進めていきたい。読書家諸氏のご参画を強くお願いしたい。

(文責:原田広幸)