book review

【書評】経営学者・P.F.ドラッカーを思想家として読む

【書評】経営学者・P.F.ドラッカーを思想家として読む

【書評】仲正昌樹『思想家ドラッカーを読む――リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)


P.F.ドラッカー。

ドラッカーといえば、経営学者、企業経営者のバイブルを記した、ビジネス界のカリスマだ。

だが、実は、ドラッカーは法学者として自身のキャリアをスタートさせ、哲学、人類学、精神分析、経済学にも通じていたアカデミシャンだったのだ。そして、もちろん「思想家」としても一級の知識人だ。

一方、ドラッカーを「思想家」として読む人は少なく、ややもすると、「アカデミズムに挫折して経営学者に転じた」という安直な理解もされがちだ。

そんなドラッカーの思想家としての側面に光を当て、彼の思想と経営学を統一的に理解する試み。これをやってのけたのが、金沢大学教授の仲正昌樹氏だ。

仲正昌樹『思想家ドラッカーを読む――リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)

数多くの思想家・文学者・芸術家を輩出した「世紀末のウィーン」。仲正氏は、彼の地で生まれ育ったドラッカーの生い立ちから説き起こし、マルクス(経済学)、フロイト(精神分析)、カール・ポランニー(経済人類学)、F・シュタール(法学)、そして、ケインズやシュンペーターと言った20世紀前半を代表する大経済学者との思想的影響関係を丹念に追いつつ、ドラッカーの思想と、「経営学」という実学の関連を調査する。

こうした分析を経て、資本主義という弱肉強食の世界にあって、「弱き個人」としてしか存続し得ない一般の人々の、生き残りのための共同体として、「企業」を定義する。

仲正氏の指摘によれば、企業経営・マネジメントとは、公的な社会で、人々が自由で幸福にいきていくための「知識活用」であり、AI(人工知能)には代替しえない、経験的なノウハウである。

「正直に言うと、ビジネスというのは、私にとって本格的に苦手な分野である」と吐露する仲正氏だが、あえて、専門外の「ビジネスの教祖」に立ち向かい、その思想的な可能性を引き出した力技には感服せざるを得ない。それほどに、ドラッカーの思想にも、仲正氏の筆力にも、大きな魅力があるのだ。


「弱く不器用で、環境の変化にもなかなか適合できない、しかし、古くからある共同体に変える道も閉ざされた諸個人が、現代社会でどうやって生きていったらよいか、と考える中で、企業を媒介共同体として捉えるドラッカー独自の”マネジメント”観が生まれてきた」

「そのままではなかなか個性が生かせない人たちに居場所を与え、生き残らせるための思考戦略」というのが、ドラッカー経営学の思想的側面である。

「AIが経営判断を代替する」とまで予測する経済学者がいる。それが本当に実現してもしなくても、仲正氏の読解による、新しい「ドラッカー」は、今後も経営学の、そして、思想史の古典として、読まれ続けることになるだろう。

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仲正昌樹氏は、哲学・社会思想が専門。ドラッカーの思想と比較する形で、以下の書籍も併せてぜひ読むことをお勧めします。

◆ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】』みすず書房
◆ハンナ アレント 『人間の条件』 (ちくま学芸文庫)
◆仲正昌樹『悪と全体主義―ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書 549)
◆P・F・ドラッカー『産業人の未来』(ダイヤモンド社)


(文責:原田広幸)