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【Read For Action 4つの成長ステージ】読書を通じた「言論活動の場」

【Read For Action 4つの成長ステージ】読書を通じた「言論活動の場」

こんにちは、リーディング・ファシリテーターの下良果林(しもらかな)です。

Read For Action読書会は、ただ「事前に読まなくていい」「ワークショップ型」というだけではありません。実は、参加した人に「変容」を促します。

もちろん、リーディング・ファシリテーター自身も、自らのうちに起こった変容を体験している人たち。今回は、会社勤めのかたわら「『古典は古い本』ではなく現代に生きていることを知る読書会」をコンスタントに開催している北畑淳也さんに、お話をうかがいました。
古典との出会いと、それによって変わった考え方とは……。

北畑さん

 * * * * *

4ステージ

(1)第一のステージ
「自分が読みたい本の読書会がない」
Read For Action以外の読書会にも参加して、出した結論


2015年秋、たまたま日程の都合がよかったので、酒井美佐さん主催のRead For Action読書会に参加しました。Read For Action以外の読書会にも、いろいろと調べては参加していた時期でした。

リーディング・ファシリテーターになろうと思ったのは、Read For Action読書会に参加してみて「面白そうだな」と感じたことも、酒井さんから「やってみたら?」というお話があったとこともあるのですが、最終的に思い立ったのは「自分が参加してみたいと思える読書会がなかった」というのが大きいですね。

参加してみたいと思っていたのは、コテコテの内容というか、分厚い本を課題図書とした読書会。探してみたけれど、Read For Actionにも、それ以外の読書会にも無かった。なら自分でやってみようと。活字離れと言われますが「そのような課題図書でやる読書会は、一部の層には需要があるのではないか」という確信もあったんです。

自分が参加したいと思える読書会がすでにあったら、リーディング・ファシリテーターになっていなかったかもしれないですね。他に無い読書会を自分がやることで、Read For Actionそのものの付加価値も高まるのではと思いました。
それで、2015年12月に、山本伸シニア・リーディング・ファシリテーターの養成講座に参加することにしたんです。

養成講座を受講後、最初の半年くらいは教養書だったりビジネス書だったりといろいろな課題図書で読書会を開催し、自分はどの本でやるのが向いているのか、試していきました。
テクノロジーだったり年金だったり……さまざまなジャンルの本を試しましたね。
自分自身あまり何も考えず、手あたりしだい本を読んでいた頃だったので、そのときそのときで「これはいい」と思った本を課題図書にしていました。


(2)第二のステージ
ハンナ・アレント『人間の条件』で
「第3の言論活動領域」に目覚める


『人間の条件』(ハンナ・アレント著・ちくま学芸文庫)を読んだのは、2016年5月。めちゃめちゃ難しい本で、解説すらよくわからない。何を言っているのかぜんぜんわからなかったので、読むのをやめてしまったんです。

それから1、2ヶ月ほどして、もう一度『人間の条件』を読んだときに、これはおそらく読書会をやり続けていたからなのですが、「自分が思っていることを言語化している本だな」と急に中身が入ってきたのです。それに加えてこれを続けていけばいいんだなという確信が得られた瞬間でもありました。

この本では、人間の条件として「労働」「仕事」「活動」の3つの能力に分けられている、と解説しています。その「活動」という領域が、現在では死滅してしまっているとあるのですが、その活動とは「言論活動」を指します。人が集まって話し合う、コミュニティのようなものです。
著者ハンナ・アレントは古代の哲学者であるアウグスティヌスを崇めているのですが、アウグスティヌスはカトリックを広めるために教会文化を広げたのではなくその教会から派生して起こる言論活動の場を広めたかったのだという分析を書いています。アウグスティヌスに加えて宗教改革でおなじみのルターもその嗜好性を持っていたのではないかというアレントの分析を読んだ時、急にこれらの人物たちに親近感が湧きました。
かつては教会のコミュニティがあることで言論活動の場があり、人間味あふれる場があった。で、そのことを現代におきかえるならば「読書を通じた言論活動の場」ではないかな、と思ったんです。横断的にというか……職場でもなく家庭でもない「自分の所属する機能集団の共同体以外のつながり」を設計しうる。その媒介になりうる、と。

『人間の条件』には、その存在がなぜいいのか、ということも書かれています。
もちろんたくさんあるのですが、私的利害に基づいて集まっているのではない、隣人愛に近い集まり。「稼ぐことを目的として集まる」というのは近代的な考え方のような気がするんですが、そうではない。
そこに、読書会を開催する意味があるのではないかと思いました。

読書会

僕の読書会に、大学の教授が来てくださったことがあります。大学の教授だと、大学生の話を聞く機会はあまりないですよね。「読書会の場では『大学の先生』という肩書を前向きな意味で捨てられるのが良い」とおっしゃっていたのが印象的でした。そういうのが読書会のいいところなのかな、と思います。

2016年10月以降は、古典に特化した読書会を開催しています。参加くださるのは、会社員・公務員・経営者・大学生などさまざま。多くて4、5人という少人数での読書会なのですが、リピート率が高くて、8割の方がまた来てくださっています。自分と年の離れた方と出会う機会があるのはうれしいですね。
課題図書を選ぶにあたっては、ニーチェやマルクスなど「名前だけはなんとなく聞いたことがある」という本をとりあえず読む、というのが僕のセオリーです。その名前に反応した人が参加してくださり、ご自分なりの解釈をシェアしてくださっています。


(3)第三のステージ
同じ本を読んでも、人によって印象が異なる
それが読書会の面白さ


読書会の開催を積み重ねていくと、ある一冊の本を読むにしても、ご参加くださる方々の年齢や社会的な背景などによって印象が異なる、というのがわかります。面白いですね。

ニーチェのある本を扱ったとき、僕はその内容を「保守的だな」と感じたんですが、人によってはニーチェを「価値破壊者」だと感じたり、その本を「自己啓発書」として読む方がいたりします。そうなると、自分自身ももう一度ニーチェを読んでみようかなと思ったり、別の本を読んでみようかなと思ったりもします。そのように僕自身、次の行動につながっていったりするのが面白いなと思いましたね。

振り返ってみると、最初に僕がニーチェを読んだのは、自己啓発書が好きで読んでいた頃。ニーチェにもそういう解釈をしていたのですが、さまざまな書物を読んだ後でニーチェを再読すると、まったく異なる印象がある。
自分自身も読むタイミングで変わるし、参加者の人それぞれで変わるし……。読み継がれている名著であればあるほど、そういう場面に何度も出会うというのは、奥が深いと感じます。
同じ本で二回、三回と読んでいって、そのつど本から受ける印象の変化を楽しむ、というのもいいですよね。

実は、学生時代はあまり本を読んだことがなかったんです。でも、学生生活最後の頃になると暇になってしまって。そこで本屋へフラッと寄って読み始めたのがきっかけです。本屋の目につくところにあった本を、暇つぶしに読んでいって、いろいろ読んでいくうちに古典にたどり着いたという感じです。
最初の頃はとにかく濫読でしたが、今は1ヶ月に数冊のみ。原理的な本だけでいいかな、と思っています。
マルクスについて書かれている本をたくさん読むより、マルクスそのものを読みさえすれば、コアな部分は抑えられます。いろいろな本を読んでみた自分なりの結論ですね。


読書会


(4)第四のステージ
古典との出会いによって、ものの見方に変化が


経済メディア「NewsPicks」でニュースにコメントするようになりました。まだ始めて三ヶ月くらいなのですが、「NewsPicks」を通して僕自身に興味を持ってもらい「直接会って話してみたい」といらしてくださったり、読書会そのものに興味を持って参加してくださる方もいらっしゃったりします。

「NewsPicks」では、世相と異なる意見をコメントすることもありますが、それに対する反応を見ることができるのが面白いですね。
そして何よりも面白いのは、多くの人が「世の中がおかしくなっている」という感覚を持っているとが感じられること。そういう課題意識こそが日本を良くするにはとてもいいことだと私は思っています。ただ、その中に私は危うさを感じることも多々あります。世の中の閉塞感に対して、「とにかく破壊しよう」「改革しよう」というリーダー的な人たちが出現し多くの人から拍手喝采で迎えられているのです。もちろん変えなければならないことはあります。しかし、その人たちのそのような言動は、本当に現状を詳細に分析した結果なのかどうかというのが怪しく感じられることが少なくありません。論の組み立てが現状のいいところを存続しようとする立場に見えないのです。とにかく変えなければならない……「何かを壊したい」というのが根底に含まれた意見が非常に多い。僕はそういう意見に対して「本当にそうなのだろうか」というスタンスなんです。

でも、SNSを利用するにあたって「異なる意見の人もいるけれど、そういう意見に対して“優劣”をつけないようにしよう」と心がけています。優劣をつけようとしていると衝突してしまう。多様性というか、さまざまな意見を許容するようにしています。ムカつくときはありますけどね(笑)。


前置きが長くなりましたが、ファシリテーターになる前と今の自身を比較してみると、考え方がすごく変わった。
先ほどの話にもあるように「現状を変えていかなくてはならない」「変えていくことこそが善」という考えをかつては持っていたのですが、それが無くなったんです。現状の尊重というか「いいところはできるかぎり残そう」という考えに至りました。

そのように考え方が変わっていったのは、やはり本の存在が大きいですね。
本屋の片隅に置いてありそうな本ばっかり読んでいるんですが、それらには共通点があります。「近代的なものの見方がいかに危ういか」という点です。それに対して腹落ちができた。
日常的に起きていること……政治もそうですが、一般的に良いといわれていることに対して「はたしてそうなのか」という視点を持てるようになりました。


しばらくは、古典の読書会を継続してやっていきたいです。現在もうすでに4、50回くらい開催していますが、あと100回くらいはやれそうな気がします。同じ本でも、そのつど新鮮味を感じていただければいいですね。一回ご参加いただいて「わからん」と思っていただいても、二回目に参加くださればより理解が深まります。

古典以外でやるなら、文学の読書会もそのうちやってみたいですね。文学に対しては、どのような流れで読書会をやったらいいのか、まだまったくわかっていないのですが……でも、需要はあると思います。


この7月から、大阪に転勤することになりました。
大阪でも、何回か古典での読書会を予定していて、もう何件かお申し込みいただいています。
東京でやっていた読書会に参加してくださった方々には、Skypeを使ってやっていこうかなと計画中です。


現代に違和感を抱いている人は、ぜひ僕の読書会に参加してほしいですね。その違和感を言語化することが大切なのではないかと思います。
「この『新しい』と言われていることは、実は過去の焼き直しなのではないか」という視点、ものの見方みたいなものを学びたい人には、古典の読書会がぴったりだと思います。


やはり、読書会にはとりあえず一度参加していただくのが一番。参加費もそれほどかかりませんしね。ご自身が興味のあるジャンルの読書会に参加してみてはいかがでしょうか。
参加してみて、興味があるジャンルの読書会がなかったら、僕のように「こういうジャンルの読書会がないから、ファシリテーターになってやってみよう」というのもいいんじゃないかと思います。



北畑 淳也さんプロフィール
https://www.read4action.com/facilitator/detail/?id=344

北畑さん紹介ページ
http://www.junya-kitahata.info/

Read For Actionブログにて書評連載いただいています!
http://blog.read4action.com/book_review/

Read For Action読書会の全国開催予定はこちらからご確認ください。
https://www.read4action.com/event/list/?cat=1

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(2017年7月取材)